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神戸地方裁判所 昭和48年(ワ)577号 判決

原告

角谷初好

右訴訟代理人

久保田寿一

原告

新原勇

右訴訟代理人

谷口正信

被告

山川造船所こと

山川九一

右訴訟代理人

小谷正道

主文

一  被告は原告角谷初好に対し、金一一六万八、八八〇円およびこれに対する昭和四七年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告新原勇に対し、金五三万四、六〇〇円およびこれに対する昭和四七年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は二分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告角谷

1  被告は原告角谷に対し金二二二万二、二二五円およびこれに対する昭和四七年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、被告新原

1  被告は原告新原に対七金九一万三、八八〇円およびこれに対する昭和四七年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

三、被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張〈以下省略〉

理由

一(事故の発生および責任原因について)

1  〈証拠〉を総合すると、(一)、被告は、山川造船所という商号で造船、船舶の修理等を業とするものであり、原告らはいずれも昭和四七年九月当時訴外メリケン通船株式会社(以下メリケン通船という)に勤務し、原告新原勇において、同会社所有の白鳥丸(総トン数27.80トン。木造の旅客汽船であつて、船体の長さ14.88メートル、甲板の最大横巾3.98メートル、甲板片舷上面から龍骨上部までの垂直高さ2.27メートル)の船長をし、原告角谷初好において同船の機関長をしていたものであること、(二)、メリケン通船は、昭和四七年九月ごろ被告に対し右白鳥丸の修理を依頼し、原告らは同会社の命によつて、同月一九日午後五時ごろ、同船を神戸市兵庫区吉田町三丁目三〇番地に所在し、被告の経営する山川造船所ドツグの水際付近海上まで航行したこと(当時同船の乗組員は原告両名だけであつた)、(三)、被告はドツク入りする修理船舶を陸揚げするには、自己の従業員数名を手伝わせて次のような方法で行つていたこと、すなわち、まず陸上において、船首側と船尾側との二つ一組の船台(トロツコに似たもの)に盤木(角材)を積み、その台の高さや両者の間隔を、修理船舶の大きさに応じて調整したうえ、盤木を船台に固定させておき、ついで右船台を水際から一五メートルないし二〇メートル進んだ海中に沈めてその上に修理船舶をのせる。その際、船首に一本のロープと両舷四隅に四本のロープ(その先端に錨がついている)をそれぞれ張り、右各ロープを操作して船舶が二つ一組の船台の中央にのるようにし、それと共に船首が水際に行く程度まで船台を陸に近づける。それが終わると、右各ロープを取り外し、そして、船舶が動揺しないように、船首側の船台につき、その左右両側上に腹台(はらばんと名称する大きい角材)各一本づつをのせて、これを船舶左右両下舷に密着させ、かつ、その透き間に木製のくさびを挿入し、これらをロープで船台に縛りつけ、もつて船舶を船台に固定させる。最後に右船台へ陸上の巻揚機と連結したワイヤロープをつないで、船台ごとレール伝いに船舶を陸上に引き揚げる。以上一連の操作中、修理船舶に乗つている船主側の船員は、前記水際付近の五本のロープを取り外した時点で被告側の従業員と共に下船する場合もあるが、多くは、船舶が陸上へ完全に引き揚げられて停止した時に下船しており、そのいずれをとるかは当該船員の自主に委せられていたこと、(四)、前記のとおり原告らが白鳥丸を山川造船所ドツク水際付近の海上まで航行してきたので、被告は、陸上において、自己の従業員を指揮して白鳥丸の引き揚げ作業に取りかかつたこと、(五)、そして、前記作業中、水際でのロープ外しや船台固定の操作を終り、白鳥丸の船首側にある船台に巻揚機と連結したワイヤーロープをつないで巻揚機の運転を開始し、同船の船首が水際を通り過ぎたとき、突然妙な音をたてて同船が右舷側に傾き倒れかかつたこと、(六)、そのとき、同船の操縦室左舷甲板上にいた原告らは、右異常事態の発生に驚き、身の危険を感じとつてさに、左舷から水際に飛び降り(その間の長さは、白鳥丸の前記高さ2.27メートルに盤木を積んだ船台の高さ、船の傾斜による高さの増大などを加えると三メートル以上となる。なお、飛び降りた海水の下は砂地であつた)、そのため、原告角谷は第一一、一二胸柱および第一腰柱の圧迫骨折、左肩関節周囲炎等の傷害を、原告新原は、右大腿、左下腿打撲圧挫傷、右環指挫滅創および末節切断等の傷害を負うに至つたことがそれぞれ認められる。

原告らは、白鳥丸は水際で転覆したと主張し、これに沿う〈証拠〉が存在しており、また、〈証拠〉にはその旨の記載があるけれども、白鳥丸が九〇度に転覆しておれば、同船が大きく破損し、機関室に浸水している筈と考えられるのに、右破損、浸水のなかつたことは〈証拠〉によつて明らかである点、また、原告らが右舷側から海中にするとか、左舷の船腹に衝突しているはずなのにそのような形跡のない点などに徴し、〈証拠〉は、いずれも措信できず、原告らの右主張は採用できない。しかし、他方、白鳥丸が傾かず、あるいは傾いても右舷が一八度位いの僅かな程度であつたという〈証拠〉も措信できない。すなわち、前記事故後、白鳥丸のキール(竜骨)下にある厚さ約四糎の造船ギルと称する木板の外れていたことは、右〈人証〉の各供述するところであり、この事実に、原告らが高さ三メートル以上もある同船の左舷から飛び降りたという事実や、〈証拠〉を合せ考えると白鳥丸がどの程度に傾斜したかはその度数で表わせないが、とにかく左舷甲板上にいる原告らが身の危険を感じるほどに傾斜したものと認めるのが相当である。

2  ところで、白鳥丸が前記のとおり傾斜をした原因およびそれに関する被告の帰責を考察してみるに、被告本人は、白鳥丸が傾斜したのは同船の前記造船ギルが腐つていたためである旨供述する。

なるほど、〈証拠〉によると、白鳥丸は、昭和一七年八月進水した木造汽船であることが認められるけれども、同船は昭和四七年七月一五日まで度々神戸海運局の検印を受け本件事故前航海の用をしていたものであることは、〈証拠〉によつて明らかであつて、右事実に照らすと、〈証拠〉は措信できないのみならず、かりに造船ギルが腐敗していたとしても、同ギルは約四糎の薄板であるから、白鳥丸を船台に固定する作業が正確に行われてさえいれば、同船が傾斜するようなものでないことが〈証拠〉によつて窺われる。そうすると、白鳥丸が傾斜したのは、同船を船台に固定する作業に関連するものと考えるほかはなく、同船が巻揚機による陸揚作業開始後、すぐ傾斜した前記認定事実に鑑みると、右作業の直前になされる船台固定の作業つまり同船の左右下舷に密着させた前記腹台ないしくさびが、一方の下舷に片寄り過ぎていたのにそのまま巻揚機により同船を陸上に引つ張つたため、同船が傾斜し、その勢いで前記造船ギルが外れたものと認めるのが相当である。してみると、本件事故は、被告側の従業員が船台固定作業において前記過誤をなし、しかもそれを看過して漫然と陸揚げ開始の作業指揮をした被告の過失により発生したものというべく、被告は、民法七〇九条により、原告らに対し本件事故で蒙つた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

二(財産的損害)

そこで進んで本件事故により原告らの蒙つた財産的損害を判断する。

1  休業損害

(一)  〈証拠〉によると、原告角谷は、本件事故当時、勤務先であるメリケン通船から月額一五万二七二二円(一日五、〇九一円)の給料を受けていたが、本件事故により、同原告主張のとおり、受傷して金沢兵庫病院や神戸掖済会病院に入通院し、そのため、昭和四七年九月二〇日から同四八年三月二五日まで(一八七日間)と、同四八年六月二六日から同年一二月三日まで(一六一月間)との間合計三四八日間休暇を余儀なくされ、右期間一七七万一、六六八円に相当する給料の受けられなかつたことが認められる。

同原告は、昭和四八年三月二六日から同年六月二六日までの期間をも休職したと主張しているが、これを認めるにたる証拠はなく、かえつて〈証拠〉によると、原告角谷は、右期間メリケン通船に就労していたことが認められる。

そうすると、原告角谷が本件事故により休職し、得べかりし給料を失つた損害額は一七七万一、六六八円というべきである。

なお、被告は、原告角谷の前記入退院は、本件事故以前発生していた腰部疾患によるものであると主張しており、〈証拠〉によると、原告角谷は昭和四五年中、腰痛のため神戸掖済会病院に約一〇〇日入院したことが認められるが、〈証拠〉によると、同原告の右腰痛は、本件事故以前に完治していたことが認められるから、被告の右主張は採用できない。

(二)  〈証拠〉を総合すると、原告新原は、本件事故当時勤務先であるメリケン通船から月額一四万〇、一一二円(一日四、六七〇円)の給料を受けていたが、本件事故により、同原告主張のとおり受傷して金沢兵庫病院に入通院し、そのため、昭和四七年九月二〇日から同年一二月三日までの七五日間休職を余儀なくされ、右期間三五万〇、二五〇円の得べかりし給料利益を失つたことが認められ、したがつて、同原告の休業損失は三五万〇、二五〇円というべきである。

被告は、原告新原の前記受傷中右環指挫減創は医療過誤によるものであり、本件事故と右休業損失等の困果関係を否定する主張をしている。しかし、右医療過誤の主張に沿う〈証拠〉はたやすく、他にこれを認めるにたる証拠がないから右主張を採用しない。

2  入院中雑費用

同費用については、原告ら主張どおり、原告角谷において四万五、〇〇〇円、同新原において九、六〇〇円がそれぞれ相当と認める。

三(損益相殺等)

1  被告は、本件事故につき原告らにおいても過失があつたと主張する。しかし、本件事故は、前認定のとおり、白鳥丸を修理のため被告がドツクに揚陸作業中、突然傾斜したことにより発生したものであつて、海上航海中ならいざ知らず折柄、白鳥丸に乗組んでいた原告らが右傾斜に驚き、身の危険を感じてとつさに同船左舷から水際に飛び降りたことをもつて何ら非難すべき点がなく、被告の右主張は採用できない。

2  つぎに損益相殺の点を考察してみるに、〈証拠〉によると、原告らは、本件事故による前記各受傷に対する船員保険法三〇条に基づく傷病手当金として、原告角谷は一〇四万七、七八八円、同新原は二七万五、二五〇円を各受給していることが認められる。同法二五条一項によると、政府は右保険給付をしたことにより不法行為者の加害者に対し、損害賠償請求権を代位請求できることになつているから、原告らの前記休業損害金から右受給保険金を控除するを相当とする。

そうすると、前記休業損失金は、原告角谷は七二万三、八八〇円、同新原については七万五、〇〇〇円となる(船員保険法三〇条二項一号によると、傷病手当は四カ月の範囲内で日収の全額が支給されることになつているのであるが、原告新原の船員保険支給上における日収が前認定のそれと異なり、原告角谷と同様三、六七〇円となつているため、上記残存額が生じる。

3  ところで、〈証拠〉によると、原告角谷は前記受傷により、船員保険障害認定等級職務七級の障害を残し、船員保険法四〇条に基づく障害年金一五五万六、四二九円を受け、また原告新原は前記受傷により前記職務五級の障害を残し、同法四〇条に基づく障害年金六六万円を受けたことが認められる。

そこで、右障害年金は本件において原告ら主張の損害金から控除すべき対象となるかどうかを考えてみるに、右障害年金も船員保険法二五条により、政府は右年金を支給したことによつて、不法行為の加害者に対し損害賠償請求権を代位請求できることになるのであるけれども、右障害年金は、当該船員が後遺症によつて喪失した労働能力の得べかりし財産上の損害に対し、これを補償するため支給されるものと解されるから、政府が右年金を支給しても、その損害とは異なる、当該船員の不法行為者に対する休業損害、人院雑費、慰藉料、弁護士費用等損害賠償請求権について代位を生ずることがなく、右損害賠償請求金について支給された年金を控除すべきでないというべきである(慰藉料につき最高裁判所昭和三七年四月二六日第一小法廷判決、民集一六巻四号九七五頁参照)。したがつて、原告ら主張の前記休業損害、入院雑費および後記慰藉料、弁護士費用から前記障害年金を控除できない。

4  また、〈証拠〉を総合すると、原告角谷が本件事故当時それぞれ所属していたメリケン通船と全日本海員組合との間にその当時、労働協約が取り交わされ、その労働協約書六〇条には、会社は船員保険法による給付のほかに障害の程度が七級の場合、二〇〇万円の障害手当金を支給する旨規定され、同協約書六一条には、会社は傷病員に対し、船員保険法による傷病手当額の給付額が船員保険法の標準報酬月額の一〇割に満たない場合はその差額を見舞金として支給する旨規定されていたこと、原告角谷が前認定のとおり業務上受傷したので、メリケン通船は右労働協約に基づき、同原告に対し、昭和四九年八月三一日傷害手当金として二〇〇万円、同四八年五月二八日から同四九年一月二九日までの間に前記見舞金として四〇万一、九二四円を支払つたことが認められる。

被告は、前記角谷の本訴請求損害金員から右受領金員を控除すべきであると主張する。なるほど、メリケン通船が同原告に対し支払つた前記金員は、同原告の本件受傷から生じる損害を補償する性質を有するものであることを否定できないが、しかし、右金員は船員法八九条以下の条文で規定する災害補償でなければ、船員保険給付でもない。そして、右全員支払の根拠が前記のとおりメリケン通船と海員組合との労働協約にあることを着目すると、前記労働協約書が規定している災害補償は、あくまで労使間で定めた船員等従業員の待遇に関する規範であつて、その補償金給付は、つまるところ船員に対する生活補償にあり、損害賠償とは相互に関連性をもたない異質のものと考えられる。そうすると、メリケン通船は、原告角谷に対し前記補償金を支払つても、同金員の性質が右のとおりである以上、民法四二二条や同法七〇二条によつて、同原告に対する損害賠償請求を代位する余地がなく、したがつて、同原告主張の本件損害賠償請求金から前記受領金員を控除する理由もなく被告の前記主張は採用できない。

四(慰藉料)

原告らが船員保険から受傷した障害年金や、原告角谷がメリケン通船から受領した労働協約に基づく災害補償金は、前記のとおり慰藉料から控除すべきでないが、右障害年金については後日被告が政府から代位請求されることもあり得るし、また、原告角谷がメリケン通船から多額の災害補償を受けて実質上傷害の大部分が補填されているという現実に鑑みれば、原告らの受領した右各金員は、本件慰藉料算定に当り斟酌すべき事情となり得るものと考える。しかして、右事情や原告らの前記受傷の程度、入通院期間等本件にあらわれた諸般の事柄を考慮して、本件事故による慰藉料として、原告角谷については三〇万円、同新原については四〇万円をもつて相当と認める。

五(弁護士費用)

弁論の全趣旨によると、原告らは、その主張どおり、弁護士である当該原告訴訟代理人に弁護料を支払つたものと認められるところ、本訴認容額、訴訟経緯その他の諸事情を総合勘案すると、原告らが被告に対し負担を求める弁護士費用分は、原告角谷については一〇万円、同新原については五万円の限度で相当であると認められる。

六(損害合計金)

以上の損害合計金を計算すると、原告角谷の分は一一六万八、八八〇円、同新原の分は五三万四、六〇〇円となる。

七(結論)

以上のとおりで、原告角谷の本訴請求中被告に対し一一六万八、八八〇円およびこれに対する昭和四七年九月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告新原の本訴請求中、被告に対し五三万四、六〇〇円およびこれに対する前同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容するも、原告らのその余の請求部分は失当として棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(広岡保)

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